『ポケモン』と、旅をする感性

ゲームが好きで、小学校に上がる前からやり続けて、今もやっている。

特に『ポケモン』シリーズはつきあいが長く、『赤・緑』から『ソード・シールド』に至るまで、スピンオフを除けばだいたいはプレイしている。

外で遊ぶよりも家でゲームすることを好む、インドアな子供だったし、自分でもそう思っていた。

今回語りたいのは、「ゲームはいいものだ」ということだ。少なくとも僕が旅の楽しさを知ったのはゲームからだと、これから語る体験によって確信している。

2016年9月。僕ははじめて一人で旅行をすることにした。社会人になり、自分で使えるまとまったお金が手に入ったこととか、一週間ほどの休みがとれたことがきっかけだった。
行き先は瀬戸内。聖地巡礼をしたいというのもあったが、この旅のメインコンテンツが「しまなみ海道を自転車で渡る」ことにあるからだった。大阪から香川を経由する旅程は順調に進み、今治から尾道へと続くしまなみ海道に入る。レンタサイクルを借りて、大きなカバンを前カゴに積み込んで、僕は2日間、合計75キロの行程に出発した。


1日目の天気は晴れで、9月下旬にもかかわらず気温はとても温暖だった。ほとんど誰もいないような道を、自転車でとばしていく。サイクリストも多いので、道は舗装されていた。しまなみ海道は文字通り多くの島と、それをつなぐ橋で形成されていて、道路にひかれた青いラインに沿って行くと対岸である尾道にたどりつくようになっている。

道は長いが、苦しくはなかった。水分補給をはさみながら自転車をこぎつづけ、変わっていく景色を楽しんだ。瀬戸内海の景色は素晴らしく、島のへりを行く道路からながめる雄大な渦潮や、高い橋を越えていく時に見た海に沈む夕日が印象に残っている。

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行程の半分ほどで予定通りに日が暮れはじめたため、島で宿をとった。

2日目の朝は、大雨だった。しかし、僕は決行することにした。もとより男の一人旅、ここで雨に濡れて風邪をひいたとして、自分がダウンするだけで迷惑もかからない。どうせならやりきろう。そんなことを考えながら、僕の気分はなぜだか、昨日快晴の中出発した時より高揚していた。近所の商店でビニール合羽を手に入れ、カバンには地域指定のごみ袋をかけて雨をしのげるようにして、出発する。
風にあおられながら橋を越え、通気性の悪い合羽に辟易しながらペダルをこいだ。島や橋桁の上のほうが雲に隠れ、神秘的な様子だったのを覚えている。人気のない海辺の町を抜け、謎のオブジェを横目に見ながら、いくつかの島と巨大な橋を越え、県境を越えていく。f:id:lieonsand:20200318155503j:plainf:id:lieonsand:20200318155510j:plain途中で入ったカフェで、どうしても雨に濡れる体を温めた。そうして、2日目の昼過ぎ、僕は尾道にたどり着いた。

 

本当に、楽しい旅だった。そして気が付いた。僕は旅が好きだということ、その感性は『ポケモン』が作ってくれたのだということに。

 

自転車を選んだのはきっと『ポケモン』シリーズの定番移動手段だからだし、それで橋を越えたとき『ブラック・ホワイト』のスカイアローブリッジをはじめて通ったときの爽快感を思い出した。

それだけじゃない。遠い目的地を目指して自転車を飛ばすこと。途中にある看板や表示を見て楽しむこと。新しい街や、初めて訪れる島に好奇心を持つこと。自分の状態や手持ちを考えて、旅の進退を決めること。すべて僕がゲームの中で、『ポケモン』の旅の中で学んだものだ。

 

ポケモン』シリーズの原点には、自然の中で遊びまわった楽しさがあったという。(『ポケットの中の野生―ポケモンと子ども 』(新潮文庫)正確な引用でないのは許されたい)ゲームと勉強に小学生時代の大部分を費やした、インドア派でオタクな人間である自分の中にも、『ポケモン』が教えてくれた旅の楽しさ、自然を探検する楽しさ、それを味わう感性が、知らないうちに身についていたのだ。何かを楽しいと思えることは幸せなことだ。

 

ゲームに熱中することで失うものがあるか、については議論を差し控える。しかし、ゲームで養える感性があることも確かだと思う。特に、自分の自由にならないものが非常に多い子供時代に、ゲームの中で様々なことを経験することは、その後の人生で経験するいろいろなことを楽しむための予行演習にもなるのではないか、と僕は思う。

 

ポケモン』シリーズの最新作、『ソード・シールド』では、Switchで表現力を増したグラフィックと、たくさんの新しいポケモンたちが、自分の中の「旅を楽しむ感性」を刺激してくれる。いつかガラル地方に行ってみたい、と思う僕だった。


(今は色違いポケモンの孵化のために橋を往復しているが、それはそれとして)